回顧録(精通前後)
私の精通は確か10歳頃の夢精、それ以前も多少は性に目覚めていたのかも知れない。
オチンチンを弄ってる内に勃起して、何となく気持ちよく感じていたように記憶している。
しかし私が最初に快感を覚えたのは大便を済ませた後に紙で拭き取っていた時に、不意に紙を突き破った指がアナルに入ったのがきっかけで、その後も意図的に指を入れてグリグリするのが癖になった。
昭和40年代日本のトイレ事情、当時は和式が一般的で
いわゆるウンコ座りなので今では考えられないぐらい股を開いて手も伸ばしやすかった。
ちょっと痛くもあったが、とても気持ちよかった。
そして10歳頃の夢精で精通を迎えた。
それをきっかけに毎晩のように夢精していたようで朝には下着だけではなく
布団まで濡れていたことがあったと記憶している。
どれだけの量が出ていたんだろうかと思うのだが…
今想うと とてもエロティックな光景だったと思う。
私はそれは「おねしょ」だと思っていたのだが母親に気づかれたことで、
それは「おねしょ」ではないことが分かった。
その時の、それについての説明は「おねしょでは無いし病気では無い」。
もしかしたら眠りながら無意識で布団に擦り付けていてパンツを通り抜けて布団まで濡らしていたのかも知れないが、相当な量の精液だったに違いない。
精通後には夢精する日々と共に、うつ伏せで布団に擦り付けて射精していたんだと思う。
朝、布団が濡れていても夢精か意図的な射精かは分からない。
勿論まだ全ての意味も知らず自慰だという自覚も無く、鼻水のようなものではあるがオチンチンからヌルヌルしたものが出る瞬間に波打つような快感を覚えてしまい、その出し方がパンツを履いたまま布団に擦り付ける方法だったので、白いブリーフに出したヌルヌルしたものが白いとも知らず独特な匂いがして、快感と罪悪感が同居していたのでコソコソ隠れてするものだと思っていた。
何れそれが精液だと知る頃には私には個室が与えられ、一人きりなので更にエスカレートし、暇さえあればの状態になってゆく。
射精の意味など分からずに現代ではやってはいけないとされる方法で射精の快感を覚え、
ある程度この液体の正体が分かってからも頻繁に起きる夢精と共に、、やはり一番気持ち良い「うつ伏せ自慰」は止められなかった。
私がヌルヌルした液が白いと知ったのは、ある日拾ったエロ本のヌード写真を破って持ち帰りパンツの中に入れて布団に擦り付けて射精し、それを取り出した時に白くヌルヌルしたものだと分かった。
直接触ったり匂いを嗅いだり舐めてみたりしているうちに
液体が放出される瞬間が見たくなった。
つまりシコシコして射精することを覚えゆき、
コントロールできないままに撒き散らかしていったのであった。